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伯父の名前を出した男性は、遠慮しながらも滲み出る喜びを口元に浮かべて皐月に近づいた。
呼び覚まされた記憶の中で男の子が駆けていく。
追いかける幼い皐月に振り返って笑いかける口元が、目の前のシャープな口元に重なった。
「あ、……きよ、くん……?」
「そう、思い出した? 久しぶりだね」
きよくん。
かつてそう呼んで親しんだ相手は、瞳を嬉しそうに細めて皐月の前に立った。
見上げるほどに背が高く、かつての面影を無意識に探した。
祖父母の家に遊びに行くと、よく従兄弟たちが遊びに来ている時に重なった。
その従兄弟の中でも年が同じだったせいか、一番仲良く遊んだ男の子がいた。
それが白彦だ。
本名、八重野白彦。
きよひこ、と呼ぶには幼い口が回らず、皐月だけ、きよくん、と呼んでいた。
田んぼや野原でかけっこしたり、虫をつかまえたり、草や花を摘んだり。
子どもには広すぎて部屋の多い本家は、二人の子どもにとってかっこうのかくれんぼの場所だった。
ただその時その時に二人で夢中になって遊んだあの日々は、皐月の30年に満たない人生の中で、なんのてらいもなく幸せだったと断言できる時間だ。
それを濃く共有していた相手が彼だった。
眩しい日々が眼裏に輝いて、「きよくん、」と弾んだ声は、ちょうど座敷から彼を急かすように大声で呼ぶ声に打ち消された。
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