序章

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 皐月は両親に連れられて、北関東の山間にある祖母の家に東京から遊びにきていた。  急峻な山々を縫い、長いトンネルを抜けた先に広がる、わずかばかりのすり鉢状の盆地にその町はあった。  町というより村、肩を寄せ合うようにして人家がぽつぽつと建つ山の斜面を利用した集落だ。  傾きの強い斜面には石垣で土止めをした棚田が段になり、やがてゆるやかに平地の田んぼへと続く風景が広がり、この土地が農業で暮らしをたててきたことを物語る。  その中で斜面を切り開いた平地に、家と呼ぶには大きすぎる木造瓦葺きの日本家屋に祖父母は住んでいた。  近隣でも昔から知られる豪農で、周辺にある民家よりは明らかに存在感を放っていた。  威丈高にそびえる木造の長屋門はその集落を象徴するようにどっしりと根を下ろし、事実、近隣では祖父母の屋敷はある種のランドマークでもあり、同時に実質的なシンボルでもあった。  その長屋門をくぐれば、屋敷の表玄関まで舗装された道がゆるやかなカーブを描いて上り坂になって続いた。  道の脇にはいかにも田舎らしく、トラクターや耕うん機などの農業機械が幅をとる納屋の建物が並んだ。     
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