序章

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 その素朴で無骨な光景とは真逆に、反対側には梅や桜や柿、南天や萩などの草木が植えられ、さらに細い道をいって竹の小さな庭門を抜ければ、後ろの山を利用して庭師につくらせた竹林の豊かな枯山水風の庭が広がっていた。  平屋の屋敷に入れば、家をぐるりと囲むように延々と表廊下が続き、それに沿うようにしてたくさんの畳敷きの部屋が欄間と唐紙の襖で仕切られてあった。  昔は和室だけだった屋敷も、今ではいくつかの座敷が洋風の部屋にしつらえ替えられ、びろうどの赤く重々しい絨毯が敷かれていた。  皐月は、まだ四歳だった。  その日、両親は祖父母の手伝いで、軽トラックで5分ほど走った先の田んぼに出かけていた。  農業を生業としてきた祖父母は集落内だけでなくさまざまな土地に田んぼを所有しており、5月の連休は親戚も総出であちこちの田植えの手伝いをしていた。  今でこそ耕うん機や田植機があるからいいものの、昔はすべてを賄えるほどに機械もなく、臨時のパートを雇って田植えしていたため、その時期の祖父母の屋敷は、さまざまな人が賑やかに出入りしていた。  いつもなら軽トラックの後ろに乗って田んぼまで連れていってもらうのに、皐月は運悪く熱を出して、滔々と青い水を湛えた池のある庭に面した座敷に一人寝かせられていた。     
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