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「なんで」
自分に混乱して、ハンカチで頬の涙を拭った。
「どっか、痛む?」
「全然痛みなんてないんだけど……」
本殿の扉をもう一度見た。
さっき何かを思った気がしたけれど、
何を思ったのか、すでにぼんやりとして、もう泡沫のように消えかけている。
たいしたことではなかったのだろう。
「よく分からない」
「自分のことなのにぃ……」
少しからかうような口調になった依舞を軽く諌めて、母が言った。
「そういうことだってあるわよ。きっと、山の神様が皐月を呼んだのかもしれないわね」
「山の神様?」
「そう、ここで祀られている女の神様よ。この辺一帯をお守りくださるの」
「へえ……知らなかった」
「真っ白なお狐さんをしたがえた、慈悲深い神様よ。興味があるなら、小里のおばさんが、縁起絵巻を保管してたから見せてもらえると思うわ」
母にはなじみがあるのだろう。どこか敬虔な面持ちで本殿を見つめた。
「どんなご利益があるの?」
パワースポットには俄然興味をもつ依舞が期待をこめて母を見た。
「基本的には農耕の神様だから、五穀豊穣とか商売繁盛、それから家内安全とかだったと思うわ」
「なあんだ、もっと恋愛とかさ、こうイマドキの……」
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