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そこへ行ってみると私と全く同じ服を着た男女達が自分のやりたいことをやっている。会話、チェス、トランプ、読書。興味のない物ばかりだ。何が楽しいのやら・・・・・・そんな彼らには分かるまい。私の絶望をテーマにした芸術作品の素晴らしさを。まあ理解してもらいたいとも思わないが。
この私、マルキ・ド・サドはこの狭い空間の中で1人窓際の金属製の椅子に座り紅茶をテーブルに置き誰も思いつかない新たなアイディアを考えるのが日課だ。ここは落ち着く。お気に入りの場所だ。
本当は真夜中に訪れたいが9時になると就寝時間となり患者達は強制的に個室(檻)に入れられる。いつものようにここに座りまずは紅茶を一口飲む。相変わらず酷い味だ。ミルクを混ぜれば少しはマシになるだろうけど。テーブルに両手を置き脳細胞を働かせる。私は天才だから数分でひらめくだろう。
「ふむふむ・・・・・・『惨殺のレクイエム』か・・・・・・悪くない・・・・・・」
今日もいいアイディアがすぐにひらめいた。だが毎日が絶好調な私でも本調子を出せない時もある。そんな時は一気に紅茶を飲み干して個室に戻る。文を書くのは明日にしてパンとスープを口にしたらもう寝よう。風呂は入らなくていい。湯冷めして風邪を引きたくない。紅茶を飲み終えカップを右手に持ち椅子から立ち上がる。
その時だった。
「なあ?知ってるか?」
「何を?」
「ジャンヌ・ダルクのことさ。」
近くにいた中年男性の患者二人がどうやら数百年前の英雄の話をしているようだ。
ジャンヌ・ダルク・・・・・・オルレアンのラ・ピュセル(乙女)か・・・・・・私はあいつが嫌いだ。聖女と言われようが自分に言わせればただの女だ。偽善者もいいところだ。だが、彼女の死に様は嫌いじゃない。最期は異教の魔女として火あぶりにされ19歳の若さで生涯を終えた・・・・・・
素敵なヒロインにハッピーエンドはない。そこが興奮させる。興味はないがちょっとだけ盗み聞きしてみよう。新たな小説のアイディアがひらめくきっかけができるかも知れない。
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