百メートル先の世界

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 あぁ、まただ。  それは息苦しくて退屈な、全校集会の最中のことだった。  歌いたくもない校歌を歌わされていると、目の前に立つ小さな頭がふらふらと揺れた。  学ランの襟元から覗く、少し伸びた襟足を眺める。すると案の定、ぐらりと身体が大きく傾いた。 「きゃああぁぁあぁっ!」  とつぜん意識を失い崩れ落ちた男子生徒に驚いて、周囲に立つ女子から悲鳴が上がる。  その身体が床に激突する前に何とか受け止め、俺はほっと息をついた。  倒れこんだ生徒――……久永(ひさなが)は重度の貧血持ちで、ごくたまに卒倒することがあった。  初めて久永が貧血で倒れたのも、全校集会のときだった。教師の号令に従って立ち上がった瞬間、ヤツは真後ろに立っていた俺に向かって倒れこんできた。  ノリが良くて明るく爽やかな久永が、まさか貧血だなんて病弱設定を抱えているなど誰が予想出来ただろう。  とっさに伸ばした俺の腕をすり抜けて、彼は板張りの床に景気よく頭からぶっ倒れた。  ヤツは学校の中でもそこそこ有名なイケメンだ。しかし白目をむかれてはいくら整った顔でも見る影もない。床に伸びたすがたは中々に衝撃的だった。
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