百メートル先の世界

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 いつも明るくにこやかに笑っているイメージのある久永の、意外なことばに驚いた。 「そうなの? でもお前いつも朝ふつうにしてるじゃん」 「調子悪いからってしんどそうにしてたら、みんな気ぃ使うだろ。家だと俺、朝は基本無言だよ」  窓から風が吹いて久永のやわらかい髪を揺らす。白いシーツに頭を埋めた青白い顔は笑ってはいるけれど、いつもと違いひどく精彩を欠いていた。 「中学んときはここまでひどくなかったんだけど、何か年々ひどくなってる気がする。……ほんとはさ、俺、次もし階段とかで倒れたら、とか思うと結構怖い」  久永は貧血持ちなだけで、特別病的な見てくれをしているわけでも、華奢なわけでもない。俺が長身だから多少身長差はあるけれど、ごく平均的な体格だと思うし、何なら均整の取れたきれいな身体をしているとすら思う。  だけど今、こうして目を伏せてぽつりぽつりと話す久永は普段とは別人のように頼りない。貧血を起こしたばかりで、血の気が足りていないせいもあるだろうけれど。  説明の出来ない焦燥感にかられ、ベッドの横たわる久永に腕を伸ばしかけた。その手が何をしようとしたのか、自分でも分からない。  俺は手のひらをぎゅっと握りこんだ。
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