4人が本棚に入れています
本棚に追加
僕の背中に隠れていたはずの葵が、予期せず僕の目の前に出てきた。
そして、上から振り下ろされたあいつの右手が葵の右肩を殴り、
殴られた衝撃で右側に倒れた葵は、壁に頭を打ち付けたのだ。
…嫌な音が聞こえた。
ゴッという、まるで骨が当たった音。
葵はそのまま床になだれ込み、起き上がらなかった。
起き上がらないまま、床に広がっていく赤い海。
瞬く間に起こったその出来事を、僕はすぐには呑み込めなかった。
「あおい…?おい、あおい…」
伏せったままの葵を、僕の方に抱き寄せた。
思いたくなかったけど。
考えたくなかったけど。
「…息、してない……」
僕は葵を抱き寄せ、鼻と口に手を当てた。
本来出てくるはずの息を、確認したくて。
でも僕が確認できたのは、呼吸をしておらず、心臓も止まっていることだった。
「母さん、葵が…!」
ハッと気づいた僕は、すぐ近くにいた母に助けを求めようとした。
でも、無駄だった。
今しがた葵を傷つけたあいつが、まだそこにいたんだ。
倒れた自分の娘には目もくれず、今は母の方を向いていた。
母は、そいつを見上げ、怯え震えていた。
腰を抜かしているのか、立ち上がることもできない様子だ。
母は頼れない。
でも今の僕に何ができる。
葵の頭からは、とめどなく血が流れ出てくる。
僕の手で必死に抑えるが、指の隙間から、抑えきれずに零れ落ちる鮮血。
(どうすればいい。どうすれば…)
僕はかなり動揺していた。
大量の出血と、呼吸をしていない妹を目の前に、
動揺するなという方が無理がある。
僕はあのとき、葵のことしか考えていなかった。
最初のコメントを投稿しよう!