7.

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葵を助けたくて、必死だった。 あの時は、そうするしかないと思った。 僕に、それ以外の選択肢は思いつかなかった。 母しか見ていないあいつは、僕に対して背中を向けていた。 葵の次は、母に手を上げようとしていた。 だから。 僕は、 僕は、父親を刺した。 キッチンにあった包丁を使って、背中を刺した。 両手でグッと握りしめて、思い切り、刺したんだ。 僕の一突きが急所に入ったのか、 あいつはそのまま前に倒れた。 声も上げず、悶え苦しむこともなく、一瞬で、死んだみたいだった。 「母さん、早く葵を見て!葵、息してないんだ!母さん…」 僕は捲し立てながら、母を立たせようと腕をつかもうとした。 しかし母は、僕の手を拒んだ。 さっきまであいつに対して向けられていた畏怖のまなざしが、 今は僕に向けられているとすぐに分かった。 (母さんは、僕が怖いんだね……) 思わず拒絶してしまった母は、申し訳なさそうに僕から目を逸らし、 逸らした先に倒れている葵を見るや否や、 四つん這いの状態で葵の元へ駆け寄っていった。 「葵、しっかりして葵…」 母は、既に意識のない葵の名前を繰り返し呼ぶ。 「救急車…。庵、救急車を……」 救急車を呼んで、とお願いしようとした母は、言い淀んだ。 血だらけの息子と、背中に包丁の刺さった父親。 今救急車を呼ぶことは、この惨劇が露呈するということ。 それは、息子が犯罪者として逮捕されてしまうかもしれないということ。 母はきっと、そう思ったんだ。 「ありがとう、母さん」 拒まれはしたけれど、最後に僕のことを考えてくれて。 「救急車を呼ぶよ。それから、自首する」 「庵……。ごめんなさい、庵」 僕は落ち着いて119番に電話を掛けた。 それから、母にこう言った。 「母さん。僕は大丈夫だよ」 精一杯の笑顔を浮かべて、僕はゆっくりと家を出た。
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