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「まったくもう~」
チャリィのもとを離れられない勇次に対し、ユカリは呆れながら口にする。
「また新しいの買えばいいじゃん。はやく学校いこうよ?」
その価値観もまた、西暦2000年代前半の人間特有の前時代的なものであった。
そのため、勇次との間ではジェネレイション・ギャップがしばしば発生する。
「……チャリィを置いていけと言うのか?」
勇次、質問する。
わが子を奪われたトラのような目つきをユカリに向ける。チャリィを失った悲しみが、行き場のない怒りへと変わりつつあったのだ。
返答を誤れば、命のヤリトリが始まってもおかしくはない。
しかしそんな緊迫感などもろともせず、ユカリはさらりと言葉を紡ぐ。
「チャリィは役割を終えただけよ。チャリィは、あんたを学校へ間に合わせるために全力を尽くした。その気持ちがわからないの?」
ユカリ、説得する。
相手の心情に合わせた柔軟なコミュニケーション能力も、西暦2000代前半の若者に見られた特徴のひとつである。
「……ごめん。たしかに、チャリィのためにもこんなところで遅刻するわけにはいかないな……」
勇次、納得する。
ユカリは、言葉の選択に成功した。
「ほら、早く学校いこうよ?」
それだけに留まらず、チャリィの死を背負いながらも先へ行こうとする勇次の前のめりな姿勢に、笑顔すらこぼした。手をも差し伸べた。
しかし勇次は、その手を取らない。
「ユカリ、ありがとう。こんな俺だけど、一緒に学校へ行ってくれるか?」
同様に右手を差し伸ばし返す勇次。
相手から差し伸ばされた手を簡単に握ることはできない。『自分は、誰かに托生するのではなく、誰かを先導する立場である』ということを自覚したうえでの積極的な反射行動である。
「ええ、もちろん! だって、あたしはあんたの友達だもん!」
ユカリは、差し伸ばし返された右手を強く握り返した。
瞬間、気持ち繋がる。
そのまま二人は手を揺らし、ゆっくりと歩き出す。
軋むほどの握力で重なり合う手の平は、共に戦地へと赴く者の命綱――
価値観は違えど、二人は仲良しなのだ。
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