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「――――――」
握り返された手の温もりに、魔女は思わずもう1度少年を見る。
「?」
急に遣られた視線に驚いたのだろう。幼子はまたビクリとその体を震わせて、リーリヤを見上げる。その心許なさげな目つきと「ど、どうしたの?」という声に、思わず目を泳がせながら「なんでもない」と柔らかく首を振る。
久しく、接していない温もりだった。
思わずこの温もりにいつも触れていたのであろう彼の父親に嫉妬してしまうほどに。
そしてこの温もりをむざむざ手離した父親と、そうせざるを得ない世を憎むほどに。
リーリヤは久しく抱かなかった感情に戸惑いながら、住居で少年をもてなした。幸いにして、様々な噂話や彼女自身の功績から、生活には困らない程度の蓄えはある。十分なほどに、この少年の腹を膨らませることはできるだろう。
多くの物語で魔女が森で迷った子を篭絡して家に連れ帰り、太らせて食べてしまうと語られるが、実際はこういうことだったのではないか、とリーリヤは思う。
幼い頃――まだ“魔女になる前”に読んだ物語で描かれてきた悍ましい魔女たちは、案外このように幸福を感じながら、絶え間なく食べ物を口に運ぶ子を見ていたのではないだろうか。魔女になった今なら、そう感じる。
そうして、数日が過ぎた。
それでも、少年の父は迎えに来ない。森で迷ったと主張する幼子の、「もう少ししたらお父さんが迎えに来てくれる」という希望に満ちた瞳が、徐々に翳ってくるのが見えた頃。
リーリヤは、囁いた。
「ねぇ、坊や。このままここにいるつもりはない? このまま森へ出ても、きっと帰れはしないから」
あぁ、この物言いは間違いなく童話の魔女そのものだ――そんなことを自嘲気味に想いながら。
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