出会いは森の奥

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「あ、あなた……あなた、は……、――っ」  リーリヤは、言葉を紡ぐことすらできないほどに狼狽していた。そして、幼子の瞳をじっと見つめる。まさか、そんなはずはない。そう何度も自身に言い聞かせながら。  しかし、そこには確かにあった。  青みがかった、灰色の瞳。  まだ世界の穢れなど知らないかのように光を宿した瞳には、見た目こそあどけなさを残してはいるものの、中身はひどく薄汚れて、淀みきってしまっている女が映っている。幼子の瞳の中で、女は驚愕に目を見開いている。  唇は震え、目には涙すら溜まっている。  女――リーリヤは、目の前にいる幼子を知っていた。より正確に言うなら、彼の持つ青みがかった灰色の瞳を、よく知っていた。  彼女が、魔女になる前。  何も知らず、ただ周辺のものと同じ環境の中で暮らしていられた頃によく一緒にいた、リーリヤにとっては大切だった人。もうどれくらい前になるかわからないほどの遠い昔の記憶を、目の前の幼子に呼び起こされる。 「あなた、リーネ……?」  いや、違う。  リーネの髪は、この幼子よりももっと艶があって、美しい亜麻色をしていた。目の前にいる幼子の髪はボサボサで、リーリヤが何とか梳いたりしても直りきらないほどのくせ毛だ。  言葉遣いだって、リーネの方がリーリヤよりよほど美しく、いつだってリーリヤが教えられることばかりだった。いつも妹のようにリーリヤを見て、何かと世話してくれていたリーネ。  温かくて、少しだけくすぐったい日々。  けれど、魔女になった――出来心で足を踏み入れた魔女の館で資質(・・)を見出されてからは、それも失われてしまった。  彼女の持つ能力を恐れ、忌む者の中に、リーネもいた。 『どうしてあなたが、魔女なんかに……っ!』  規模が小さいとはいえ、各所で絶え間なく争いが起きている時代だった。そもそもリーネとリーリヤの出会いは、リーネの暮らしていた山村が、異端派の掃討(・・・・・・)を目的に焼き払われて、彼女たちの行き場がなくなったことだった。  だからこそ、リーネはあんなにも魔女を憎んだのだろう。  あの眼差しは、今でもリーリヤを苛んでいる。 「なかないで、なかないで」  不意に、小さく柔らかい温もりが、屈み込んでいた頭に触れる。  見上げた先には、彼女と同じ瞳をした少年が、じっと魔女を見つめていた。
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