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「リン、ねぇリン、どこにいるの?」
霧深い森の中、少し焦ったような女の声が響く。露を帯びた草葉を忙しなく踏みしめる足音、呼び声に混ざる少し疲れたような呼気、それら全てが、女がリンと呼ぶ人物を必死に探していることを示していた。
「リン、リン……!」
次々と嫌な想像が頭を駆け巡る。
少しうたた寝した間に外へ出てしまっていたリンを探すうち、少しずつ募っていく焦燥感と絶望感。自身の体力のなさを恨まずにはいられない。白い生地のスカートの裾が泥に汚れるのも構わず、艶のある靴をぬかるんだ地面にぶつける。
早く見つけなければ……!
ここには、狂暴な獣も少なくない。
自分の加護を授けているとはいえ、それでも幼いリンが出遭ってしまったら命を落としてしまいかねない、わたしがもっとしっかりしていれば……! 様々な悔恨の念が女――リーリヤの中を焼いていく。
森の中を走り回っていると。
「かーさま、どうしたの?」
すぐ近くから聞こえた、無邪気な声。
信じられない思いで振り返るとそこには、リーリヤを見上げて不思議そうな顔をしている幼い少年――リンの姿があった。
「――っ、リン!」
勝手にどこかへ行ってしまったことを叱るよりもまず先に、ようやく見つかったリンを抱き締めずにはいられない。リーリヤの腕の中で「うー」と呻きながら、「かーさまなんで泣いてるの?」と尋ねてくる。それから、獣に出会ってしまっていたら瞬時に食い千切られてしまっていたであろう小さく柔らかな手でリーリヤの後頭部を撫ぜる。
「なかないで、なかないで?」
「リン、ありがとう。でも、私に何も言わないでリンがいなくなっちゃったら、私はきっと泣いてしまう。だから、ひとりでいなくなったりしないで」
真剣な眼差しでの言葉に、リンもばつが悪そうに「うん」と頷く。
「よし」
言いながら、リーリヤは、リンを連れて帰る。
あのとき拾った幼子――名前もないまま親に捨てられてしまった彼を、リーリヤはリンと名付けた。魔女が名付け親だなんて……と思わないでもなかった。それくらいに、魔女というのは呪われた存在として見られていたから。
けれど、そうはさせない。
彼を幸福にしたいと、心の底から思った。
名前はあったらしいが、呼ばれなさ過ぎて忘れてしまう名など意味はない。
森の魔女は、幼子を自分の子としたのだった。
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