樹氷の恋

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まぶたを閉じればもうそこに、 懐かしい故郷が広がっている。 足元に積もる雪を、 スノートレーで踏みしめた時の 感触も音も懐かしい。 顔を上げ、見上げた森の 裸んぼうの樹木はまるで 雪の衣を纏ったように美しく、 氷の女王や白雪姫の誕生した日を想像した。 雪は不思議だ。 寒く冷たいはずなのに、心に思い浮かべる時は なぜかフワフワと柔らかく、 そして温かい気持ちになるのだから。 幼い頃はよく、全身雪塗れになって 下着まで濡れるほどに夢中になって遊んだ。 耳がもがれそうなほどしもやけになっても、 頬が真っ赤な林檎色に染まって ジンジンと熱くなっても、 指先やつま先がしびれたように 感覚が遠ざかっても、 飽きることなく雪遊びに精を出しては、 大好きな友達と大笑いをした。 雪合戦、全身スタンプ、ソリ遊び 雪だるま、雪の滑り台作り、かまくら。 ありとあらゆる遊びを繰り返し、 陽が暮れるまで無邪気に笑っていた。 あれから、十年。 まぶたを開けると、 隣であなたがうとうとと舟を漕いでいる。 眼鏡がずり落ちそうな角度まで下がって、 久しぶりの素顔がほんの少しだけ垣間見える。 長いまつ毛、高い鼻筋、浅黒い肌、眉毛の傷、 耳たぶのほくろ、ぷっくりとした淡色の下唇。 伸びた前髪と揉みあげの厚い茂み。 ふさふさの黒髪に手を伸ばし、 そっとその固い毛並みに指を通した。 久しぶりに会ったのに、 どうしてそんなに 無防備でいられるのか不思議だ。 空港から生まれ育った街へと繋ぐ汽車の時間まで、 まだ30分程ある。 故郷を離れていた私を 迎えに来てくれた幼馴染の英太は、 凡そ一年前、地元の工場に就職した。 春以来の再会なのに、 私達は特別な会話なんかしなくても あの頃のままでいられるようだ。 コートの袖から指先だけがはみ出ていて、 節くれ立った長い指を見たくなった私は そっと袖を引っ張り上げていく。 右手の薬指に太いシルバーリングを見つけて、 心臓が止まる。 止まったと思ったら、 ドッキンドッキンと激しく脈打ち始めた。 ……聞いてないよ。 一秒前まで予想もしていなかった事態に あたふたしながら、 私は英太から視線を外した。
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