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小さな紙切れをおしいただくように受け取った老女は、失くすまいとしてか、着物の合わせの間に挟み込む。 「そろそろお暇します」  そう言い、男は部屋の外へ足を向ける。  ほおずきが描かれた襖を開けると、ひやりとした空気が部屋の中へ侵入してくる。  雪が降り、気温が下がっただけではない。なんとも言えない冷えた空気が、この家には充満している。 「見送りは結構ですよ」  では、と言い置き、男の背中は冷たい廊下の先へと消えていく。  薄暗い廊下には男の足運びに合わせて、キシキシと木の軋む音だけが響く。  長い廊下。たくさんの襖。  大きな家だ。    しかし、この家は人の気配というものが希薄すぎる。  火が消えたように、しんとした静かな家。  奥底に眠っている闇の深さを物語っているようで、異様な様相を呈している。
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