三、忍び寄る

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「そう、ですね。どちらにしろ、永田さんがいらっしゃらないと帰れないわけだし…」  現状、話し合いは中途半端なまま止まっている。  永田には正式な相続放棄の書類作成を頼んでいるわけだし、その手続きが終わらないことには帰れない。  変にこじれて、またこんなところまで来るのはまっぴら御免だ。  皐月は肚を括った。  ならば、佐久間の言う人物が来るまで待ってやろうではないか、と。 「朝食をご用意いたしましたが、召し上がられますか?」  そう言って佐久間が差し出した膳には、まだ湯気が立ち上る皿がいくつか乗っている。  白米に味噌汁。脂ののった鮭の切り身。小鉢に盛られた瑞々しい浅漬け。 「簡単なもので申し訳ありません」 「いえ、ありがとうございます。このところ忙しくしていたから、ちゃんとした朝ご飯なんて久しぶり」  そう言って微笑む皐月の顔を見て、佐久間は能面のような表情を柔らげる。 「本当に、良く似てらっしゃる…」 「え?」 「ああ、申し訳ありません。弥生様に似ていらっしゃると思いまして」 「母に会ったことがあるんですか?」  皐月は身を乗り出すようにして、佐久間に詰め寄る。    「私は、金富の家にお仕えして三十年になります。もちろん、弥生様が出て行かれた後のことになりますが…。けれど一回だけ、弥生様はご当主にお会いになるため、秘かに戻っていらしたことがあります」  そんな話は初耳である。  父や兄は、母の生家とは縁を断っており、訪れたことはないと言っていたのだから。 「ご当主──佐波様はとある事情からこの地を離れることができません。ですので、私が代理として弥生様をお訪ねしたこともあります」
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