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「そう、ですね。どちらにしろ、永田さんがいらっしゃらないと帰れないわけだし…」
現状、話し合いは中途半端なまま止まっている。
永田には正式な相続放棄の書類作成を頼んでいるわけだし、その手続きが終わらないことには帰れない。
変にこじれて、またこんなところまで来るのはまっぴら御免だ。
皐月は肚を括った。
ならば、佐久間の言う人物が来るまで待ってやろうではないか、と。
「朝食をご用意いたしましたが、召し上がられますか?」
そう言って佐久間が差し出した膳には、まだ湯気が立ち上る皿がいくつか乗っている。
白米に味噌汁。脂ののった鮭の切り身。小鉢に盛られた瑞々しい浅漬け。
「簡単なもので申し訳ありません」
「いえ、ありがとうございます。このところ忙しくしていたから、ちゃんとした朝ご飯なんて久しぶり」
そう言って微笑む皐月の顔を見て、佐久間は能面のような表情を柔らげる。
「本当に、良く似てらっしゃる…」
「え?」
「ああ、申し訳ありません。弥生様に似ていらっしゃると思いまして」
「母に会ったことがあるんですか?」
皐月は身を乗り出すようにして、佐久間に詰め寄る。
「私は、金富の家にお仕えして三十年になります。もちろん、弥生様が出て行かれた後のことになりますが…。けれど一回だけ、弥生様はご当主にお会いになるため、秘かに戻っていらしたことがあります」
そんな話は初耳である。
父や兄は、母の生家とは縁を断っており、訪れたことはないと言っていたのだから。
「ご当主──佐波様はとある事情からこの地を離れることができません。ですので、私が代理として弥生様をお訪ねしたこともあります」
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