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「...そいつを、ここから出せ」 息子が声を発する。 声は ふたつがダブっていた。 ひとつは、声変わり特有の声。 もうひとつは 嗄れた大人の男の声。 「いいよ。おまえが この子から離れたらな」 オレは息子...そいつの肩に両手を置いた。 そいつは 琉地を気にしながら虚勢を張る。 「... 離れてなどやるものか」 「そうか... おまえ、名前があるな。 (よもぎ)っていうのか。 キャンプ場がある山に棲んでるんだな」 そいつは動揺し 顔を青くした。 うん、もう 一押ししとくかな。 「... 赤い眼の狐が見えるぜ。 すげぇな、尾が五本もある。 おまえが聞かないなら、そっちと話すか」 「待て!」 そいつは 青い顔の中で泳がせていた眼を オレに向けた。 「久々に人里に下りて、神社でこの小僧と会ったんだ。それで、気がついたら... 」 「ふうん... 」 そいつからは 白い勾玉も見えた。 「その勾玉は おまえのなのか? 神社の物じゃねーの?」 「いや、これは 我が主君が... 」 尾が五本の赤眼の狐... こいつのボスが こいつに 勾玉を取りに行かせたみたいだな。 狐には狐の事情があるようだけども それは まあいいとして、話を戻そう。 「で、離れるよな、この子から」 「わかった! 離れるから、そいつを俺に近づけるな」 琉地は、そいつの周囲をうろつきながら 匂いを嗅ぎ回っていた。 「おまえが この子から離れて、二度と この子に近づかないっていうんなら オレも こいつに退かせるけどさ。 また来たら、こいつに おまえを喰わせるぜ」 そいつは冷や汗を 顎から ぽたぽたと落とし 「二度と近づかないから」と 必死になる。 「本当だな? 蓬。 こいつは おまえの匂い、覚えたからな」 琉地が そいつの手を舐めると 「わかった! 悪かった、もう二度と人里にも下りん!」と 狐は息子から離れ、ベランダの開いた窓から逃げ去っていった。
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