序章

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 石を持って生まれた子供は成長し、青年になった。  広大な森林地帯が国土の半分を占める農業国であった国は、この十数年で驚くほどの発展を遂げた。  彼は『生き神』と崇められ、その暮らしぶりは何不自由ないものとなっていた。  だが、彼の心には何かが足りない。  人々は彼に尊崇(そんすう)の念を持って接してくれるし、無体なことを要求しる者は誰一人としていない。  時に自らの欲を満たすためだけに彼の力を求める者もあるが、そういった者には往往(おうおう)にして良くないことが起こるのだ。  まるで神罰が下ったようだと、人々は口々に囁き合うものだから、一層(いっそう)彼に手出しをする者はいなくなった。  夢のような生活だとほとんどの者は思うだろう。  しかし彼の心は満たされることがない。  物心ついてからずっと、常に『足りない』と心が叫ぶ。  それが何かはわからない。  ただただ足りない。   本来であれば、己の隣にはなにかがあるはずなのに。  それがない。  抱いた不足感は、誰にも賛同(さんどう)を得られないかに思われた。  あの日までは。
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