第1章

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 でも、繰り返し、繰り返し、悪夢のように私の脳裏に甦(よみがえ)るのだ。  この家には、苔(こけ)むした灯(とう)篭(ろう)のある広くて、手入れが良く行き届いている立派な庭があり様々な種類の木々が、葉を茂らせている。石の太鼓橋の下には、人工的でない砂を固めて造った池があって、珍しい種類の緋鯉(ひごい)や真鯉(まごい)が悠々と泳いでいる。  家は東向だったから、木々の葉が朝日を遮断したため良く眠れたので、授業に遅れそうになった時が、たびたびあった。  大学で心の通い合う友人を探しているのだが、入学して日が浅いせいか、二言三言、軽く挨拶する人がいるだけだ。友達と講義について、いや何よりもくだらない世間話をしたいのに……。  それが叶わない代償として、頭の中を空っぽにして、緋鯉(ひごい)や真鯉(まごい)が泳いでいるのを、二階からぼんやりと眺めていた。  そのことが、日頃から鬱積(うっせき)していたストレスの重い塊を分解してくれた、と言えるだろう。つまり、緋鯉(ひごい)や真鯉(まごい)が泳いでいるのを見ることで、私のストレスは解消されていた。  だが、そんな単純極まりない喜びも、ほんの束の間で消えてしまったのだ。  京都の季節が、まだ新緑の一歩手前でウロウロしている夕方、様々な鯉(こい)を何気なく見ていた。すると、大家さん夫婦が、釣り用のタモを使って色鮮やかな緋鯉(ひごい)を数匹すくい、大きな白の容れ物用バットに入れ、そそくさと家の中に入った。その間も、生命力の強い緋鯉(ひごい)は、バットの中で暴れ回っていたらしい。バタバタと音のするのが、二~三分間、二階まで聞こえていたからだ。 (鯉(こい)の体は、長い筒形で背から腹へかけての幅が広く、長短二対の口ひげがあり、食用、観賞用に広く飼養され、ドイツゴイ・錦鯉(にしきごい)・緋鯉(ひごい)など多くの品種がある。  鯉(こい)は昔から、「精がつく」「肺病に効く」「産後の滋養強壮に良い」と言われている。  今では研究が進み、次のような効能が発見されている。  一.アトピー肌の改善に……リノレン酸を多く含む。  二.滋養強壮に……タンパク質、脂 質、無機質、ビタミンが多い。  三.腎炎によるむくみとりの特効薬……利尿作用が高い。  四.血液循環や肝機能の改善……鯉(こい)をまるごと煮たエキスに漢方薬的な作用がある。  五.動脈硬化の原因となる中性脂肪を抑制する。
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