第二話 狸

3/74
22人が本棚に入れています
本棚に追加
/74ページ
「ちょっと待ってよ。こっちはいろいろ聞きたいこともあって。」 「何だ?」 父親は、口元まで運んだ茶碗を少し離した。 12月の上旬とは思えないほど暖かく、西日が窓から差し込んでいる。 二人は、広い自宅の中にある道場にいる。 道場とは言っても狭く、自分達の剣の稽古のために使っている。 「えーと、ダイアンさんは僕のことは全部知ってるってのは本当?」 父親は黙って頷いた。 「じゃあ、木下さんは?」 武士は恐る恐る訊いた。 「何も知らないと思う。」 父親の答えに、武士は少し安堵した。 「そっか。」 「安心したか?」 「うん。ダイアンさんには、自分から話せと言われた。いつ話そうかと思って。」 「そうか。」 「でも、木下さんは何か感づいてると思うんだ。」 「何か感づいていようといまいと、早めに話したほうがいいぞ。薬は安定な部分があるんだ。例えば、大勢の前で正体がバレてみろ、大騒ぎになるぞ。そうなる前に、彩さんにだけでも伝えたほうがいいぞ。」 「それはわかってるんだけどね…。」 武士は床を見つめる。 (また嫌われたくないし…。) 昔、家の者に姿を見られた時のことを思い出した。 自分をひどく嫌う眼差し。悲鳴。 (あんな目にはあいたくないしな…。)
/74ページ

最初のコメントを投稿しよう!