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「ちょっと待ってよ。こっちはいろいろ聞きたいこともあって。」
「何だ?」
父親は、口元まで運んだ茶碗を少し離した。
12月の上旬とは思えないほど暖かく、西日が窓から差し込んでいる。
二人は、広い自宅の中にある道場にいる。
道場とは言っても狭く、自分達の剣の稽古のために使っている。
「えーと、ダイアンさんは僕のことは全部知ってるってのは本当?」
父親は黙って頷いた。
「じゃあ、木下さんは?」
武士は恐る恐る訊いた。
「何も知らないと思う。」
父親の答えに、武士は少し安堵した。
「そっか。」
「安心したか?」
「うん。ダイアンさんには、自分から話せと言われた。いつ話そうかと思って。」
「そうか。」
「でも、木下さんは何か感づいてると思うんだ。」
「何か感づいていようといまいと、早めに話したほうがいいぞ。薬は安定な部分があるんだ。例えば、大勢の前で正体がバレてみろ、大騒ぎになるぞ。そうなる前に、彩さんにだけでも伝えたほうがいいぞ。」
「それはわかってるんだけどね…。」
武士は床を見つめる。
(また嫌われたくないし…。)
昔、家の者に姿を見られた時のことを思い出した。
自分をひどく嫌う眼差し。悲鳴。
(あんな目にはあいたくないしな…。)
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