第二話 狸

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「心配するな。彩さんは、そんな器の小さい人ではないよ。」 「そう言われても…。」 「まあ、すぐにはそう思えないだろうな。ところで、この仕事はやっていけそうか?」 急に話題を変えられ、武士はどきりとした。 (こんな大事なこと、簡単には答えられないよ。) 武士はゆっくりと頭の中で文章を練ってから言葉にしていく。 「えと…先のことはよくわからないけど、今はこの仕事をとにかくやりたいっていう思いが強くて…。」 「そうか、それならそれもいいかもな。」 父親は茶碗の白湯を飲み干した。 「えと、この仕事って、嫌にならない?」 武士は、わるいことをきくような気持ちで訊いた。 「まあ、それは、あるな。」 「あるんだ。」 「あるけどな、請け負った仕事は最後までやらないとな。それに、家族や会社があるから、逃げ出せないだろ。」 「やっぱり、そうだよね。」 「そうなんだけどな。武士、お前はそういうことを気にせず好きにやっていいからな。」 「…うん。」 「さて、続きをするかな。」 二人は立ち上がった。 「えーと…ビーズワックスを1kg入れたから、オイルは10mlだっけ?」 彩がひとりごとを言いながら、ロウソク作りの材料を溶かしている。 大鍋にビーズワックスを入れ、コンロの火で溶かす。 その間に、ダイアンはロウソクの型を用意していく。 溶けたビーズワックスを小さな鍋ですくい、並べられた型に流し入れていく。 そこへ固まる前に、バラのオイルを数滴ずつ落としていく。 すべての型に入れ終わると、彩は椅子の上で体を2つに折った。 「やっと終わった…。」 「ご苦労様。ありがとうね、手伝わせて。」 「私もロウソク作りを復習したかったから。でも、こんなにたくさん、どうするの?」 「結婚式で使いたいそうよ。」 「へー、そういうひともいるんだ。」 「それはそうと、武士とはうまくやっていけそう?」 彩は口に入れた大福を緑茶で流し込んでから話した。 「えーと…友達としてならね。仕事のことをいうと、宮本さんは怖がるから、いつまで続くかわからない。でも、何だかやる気を出しているみたいだから、そのやる気がずっと続いてほしい。父親に鍛えられれば、少しは逃げ出すことが減るかも。」 「そう。なんとかなりそうね。」 ダイアンも緑茶で一息入れた。
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