立ち読み版 セカンドラブは工房に始まる

プロローグ

「ど、どういうことですか？　それ」
　一瞬、何を言われたのかわからず、深草千景(ふかくさちかげ)は丸いその目をいっそう丸くした。
　晴天の霹靂というのは、こういうのを言うのだろう。窮地に陥った時こそ、人の真価が問われるもので、千景にとって今まさに、その時といっていい。
　それをわかってはいても、なすすべもなく、ただこんな言葉を返すことしかできなかったのだ。
「どういうことって、そのまんまの意味だって」
　小笠原将隆(おがさわらまさたか)は笑う場面でもないのに、その整った顔立ちにふふんと笑みを浮かべ、動じる様子もない。
「からかわないでください！」
　カッとほおを赤らめ、精一杯にらみつけても、小笠原は悠然とした笑みを見せるだけだ。
「突然だし、無理もないけど……。これからすこしづつ、わかり合いたいね」
　なんで自分なのか。まるで、「これは社内の恒例行事だよ」なんて言ってるみたいな小笠原の表情に、彼の真の意図は何なのだろうという、素朴な疑問がわいてくる。
　ここは中規模ながら、文具メーカーでも老舗と言われる、パピルス文具社の宣伝企画課だ。
　パピルス社の筆記具は工芸文具と呼ばれ、蒔絵、和紙、陶器、竹などを材料として、一つ一つを職人の経験と勘で作り上げた工芸品であり、一般的な筆記具とは一線を画している。

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