第一章 サクラ-2

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私はベーコンエッグパンにかぶりつきながら、 その声を聞いていた。 ハルは隣で携帯を触っている。 携帯の画面を見るために伏せられた彼の目は、 長いまつげで縁どられていた。 「そうだ。 サクラは香水って使う?」 そう言って、 ハルは手のひらサイズの小瓶をポケットから取り出した。 小瓶は口先が細く、 下側が女性のお尻のように丸い形をしている。 半透明の表面に流れるような黒い文字で、 有名ブランドのロゴが入っていた。 このブランドからしておそらく、 女性ものだろう。 「どうしたの、 これ?」 「東京にいる姉ちゃんにもらった。 もう使わないからって」 ハルのお姉さんは彼と七つ違いで、 東京の航空会社で働いていると聞いたことがある。 前に写真を見せてもらったが、 彼ととてもよく似た美人でモデルのようだった。 ハルはおもむろにびんのふたを開け、 自分の右手首にその中身を垂らした。 鼻の奥の方まで届く、 甘い香り。 それは途中から芯の強い別の香りへと変化し、 最後に苦く辛い空気となって周囲に溶けていった。 私が今まで出会ってきたどんな香りよりも強く、 エネルギーに満ちた香りだ。 同時に、 人を誘惑するフェロモンのような危険なものにも感じられる。 私のような子どもではなく、 もっと大人の赤いタイトドレスが似合うような女性がつけていそうな香りなのだ。 「うわ、 すげーにおい」 ハルは左手で鼻を押さえ、 匂いを散らすように右手を振り回した。 その度に香りが周囲に漂って、 あまり意味がないように思えるのだが。
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