第一章 サクラ-2

7/26
前へ
/26ページ
次へ
彼は私よりも少し早く着いていた様子で、 私が彼のもとに小走りで向かうと笑顔で迎えてくれた。 彼は薄くストライプの入った紺のスーツに、 少し明るめの紺のネクタイをしめている。 スーツはやや細身で背の高い森村さんが着るとすらっとして見える。 「そんなに急がなくても良かったのに」 彼は笑って言った。 笑うと、 目尻にしわが入るのが良い。 「すみません…つい」 私はそう言って乱れた髪を直した。 せっかく巻いてきた髪も、 この時間になるとほとんどとれかかっている。 もっとヘアスプレーをかけておくべきだった。 私が髪を直すあいだ、 彼は私の荷物を持って待っていてくれた。 こういうところを見ると、 女性の扱いに慣れているなあと思う。 私たちは駅から少し歩いたところにある店に入った。 森村さんが予約をしておいてくれた、 最近できたばかりの創作料理屋らしい。 店は大通りから少し奥まったところにあり、 レンガ造りの落ち着いたたたずまいだった。 小さな窓には表面をわざと歪ませたガラスがはめられており、 店の中からオレンジ色の温かい光がもれている。 店内は静かで間接照明がぼんやりと客の姿を照らしていた。 遠慮がちに流れるジャズの音楽と食器が触れる音、 人々の話し声が混ざり合ってゆったりとした雰囲気を作っていた。 客のほとんどがカップルのようで、 皆、 親しげに言葉を交わしている。
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加