Sweetest Valentine

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 お菓子作りの基本は計量や。  そう言っていた店長の言葉を思い返しながら、秤に材料を載せていく。  美味しく出来るだろうか。颯真は美味しいと言ってくれるだろうか。  食事を作るのとは違う緊張感とワクワク感にドキドキしながら、電子レンジでチョコレートとバターを溶かしていく。そこに砂糖と卵、小麦粉を加えて混ぜた生地を、用意しておいたココット皿の半分程度まで流し込んだ。  別のバットに準備しておいたガナッシュには、昨日の店じまいの後に店長に教わりながら豆を挽いて自分で抽出したエスプレッソを混ぜてある。颯真が甘党であることを話したら、じゃあ苦みの少ないフルーティーなやつにしょうか、とわざわざ出してきてくれた豆を使った特別版だ。  ココット皿の数に合わせて6つに切り分けたガナッシュを生地の上にのせて、ガナッシュが隠れるように生地を追加する。  生地の優しい甘い匂いをふんふんと確かめたら、余熱しておいた電子レンジの扉を開けた。 「上手くいきますように……」  *****  ふぃ~、とバイト終わりの疲れを込めた溜め息を一つ。今日も今日とて寒い夜道をマフラーに鼻先を突っ込みながら歩く。  大寒波で毎日のように今シーズン一番の寒さを更新する日々の中でも寒さに対する耐性がつくことはなく、ダウンコートにマフラーの完全防備でも防ぎきれない寒さにかじかむ足の爪先に鞭打って小走りで家を目指す。  今日はバレンタインだ。コンビニの袋に入った小粒のチョコレート数粒を手に、こんなんじゃなくてもっとちゃんとしたかったのに、と悔しそうに泣いていた司がどうしようもないくらいに可愛くて、物より何より司の気持ちが嬉しいのだと宥めすかした去年の今日が懐かしい。  思い出し笑いに零れた白い息が、暗い夜空に滲んで溶けるように消える。 (……今年はどんなだろ……)  肩に掛けた鞄の中には、司へのチョコレートを忍ばせてある。去年はチョコを贈ることを思い付けなかったけれど、今年はちゃんと準備したのだ。 (どんな顔するかな……)  司の顔を思い浮かべてわくわくしながらマンションのエントランスに入る。タイミングよく降りてきたエレベーターに飛び乗ったら、目的のボタンを押してニヤけた顔をぼふっとマフラーに埋めた。  *****
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