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「雪は嫌い――」  彼女は静かにそう呟いた。  そっと僕から目をそらして。  三月も終わりにさしかかったその日の夜、忘れ咲きのような雪が降った。  年のわりに幼い僕は、その思いがけない天からの贈り物に感激してはしゃいだ。  僕がはりつく霜も気にせずに、窓に顔をつけて彼女を呼ぶと、彼女は寂しげにそう呟いたのだ。 「どうして?」  僕は彼女に訊ねた。  彼女はソファーの背もたれに肩を寄せ、窓にそっぽを向いている。 「普通じゃないことって、ちょっとわくわくしない? 台風の日とか、雷の日とか。そりゃ、忙しく働いてる人にとっては迷惑かもしれないけど」  僕は彼女の横に腰を下ろしながら、彼女の顔を覗き込んだ。  彼女はすました顔をしている。 「ねぇ?」 「…………」  彼女はだまったまま宙を見続けた。 「ココアでも入れようか」  僕は暖房の設定温度を強めて、自分と彼女の分のココアを入れる。 「はい」  僕が彼女の分のココアを差し出すと、彼女はゆっくりと振り返ってそれを受け取った。 「ふぅ」  僕はココアを口にして思わずため息をする。  返り咲いた寒さに、ココアの甘さが体にしみる。  彼女も暫く無言でココアを飲んでいた。 「とけるから」 「えっ?」  突然の彼女の言葉に思わず僕は聞き返す。 「雪がとけてなくなるから嫌いなの」 「…………」  彼女はそれ以上何も言わなかったけど、僕には彼女の気持ちがなんとなくわかった。 「ふふ」  僕が小さく笑うと、彼女は『バカにしてるの??』と言いたげに僕を睨んでくる。  いつも大人びて見える彼女のそんな一面を垣間見ることができ、僕は改めて彼女を愛しいと思った。 「確かに、雪が溶けてなくなるのは僕も嫌いだな」 「…………」 「溶けかけた雪だるまとか見るとさすがに、物悲しいし」  僕はそっと彼女の手を握った。 「でもさ、雪が溶けたら春になるよ。  そしたら、一緒に桜を見れる。  桜が散ったら、海へ行こう。  秋には紅葉を見て、おいしいものいっぱい食べる。  そしたらまた雪が降るから、一緒に見よ?」 「…………」  彼女は黙ったまま僕の手を強く握り返す。 「ばか……」  彼女は僕の肩に頭こうべを預けた。
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