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「……。……そういえば、一階で女将さんに会った時、お前が最近ずっと休んでいると聞いた。どこか体調でも悪いのか?」
「あんたには関係ないさ」
「もし体が悪いなら、休んでいる間の生活費ぐらいなら工面する」
「そんなの、奥様が納得するわけないさね。いいんだよ、生活費なんて、どうにでもなるわ」
男は黙りこくり、女はまたタバコの煙を外へ吐く。
タバコの煙と引き換えに、空から淡雪が舞い降りて来た。
女が手を伸ばすと、指先についた淡雪がすぐに溶けて無くなった。
「あたしはまるで、この淡雪のようだ。美しいともてはやされても、相手の心にずっと残る事はない。すぐに溶けてなくなるのさ……。……いいわ、さよならしてあげる」
「本当か!良かった」
「そうと決まったら、早くお帰りよ」
「いや。今夜はお前と最後の酒を楽しもうじゃないか」
「何言ってるのさ。さっさとお帰り」
「いいじゃないか」
「奥様が待っているのでしょう?」
「妻は今、実家に帰っている。だから、心配しなくていい」
何食わぬ顔で、男はあぐらをかいて笑っている。
「……わかったよ。私も今夜の酒を最後にするつもり。そして、明日にはさよなら」
「そうだ。明日でさよならだ」
男が喜び頷くと女はタバコを灰皿に捨て、部屋を出て行った。
冷たい風が部屋に吹き荒ぶ。
男は寒さに絶えかね、開いていた窓を閉めた。
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