第9章 疑似恋愛

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・ 社会人の飲み会は結構えげつない── てか、春姉の時代の飲み方はある意味可愛がりの洗礼が当たり前だ。 高田さんがトイレに立つ度に春姉は高田さんのビールに白酒ぱいちゅう(中国酒68℃)を少しずつ仕込んでいた。 「そ~んな怒らないのっ!お気にの誰かさんにお酌されてデレデレしてたのは誰だったけ?」 春姉に高田さんは肘で激しくウリウリされている。 その攻撃に高田さんは顔をしかめた。 「春子さん肘痛いっ…」 「そう?鍛えてるから」 「なんで肘なんか鍛え…」 「年取ると肘から弱るって言うじゃん」 「それ膝じゃん?」 「だっけ?」 結構、いい加減(良い加減)な生き方をしてるからこの人は若いのかも知れない。 43歳。今だ独身── でも独り身を大いに謳歌してるこの人は意外にあたしの尊敬する部類に入る…… マスターやママの人柄もあるけど、あたしはこのどうしようもなく明るいカウンター常駐の常連さん達があってここにバイトに来るようになったのだから。 春姉はあたしにとっての元気のスパイスでもある。 何を隠そう、あたしを高槻との失恋から救ってくれたのもこの春子姉なのだから… ・ 失恋の寂しさと虚無感からあたしは多恵ちゃんの大学進学にフラッと着いてきて、上京しても何もやることがなくただフラフラとしていた… 生活費の為、間に合わせのバイトをしながらの就活。 不況のせいか、正社員雇用の枠は少なく中々決まらない。 正直行って就活自体が時間を食い生活の仇になっていく始末だ。 ため息ばかりが口から出る… そんな時、ふとここの看板が目についた。 喫茶「和らぎ」 木目調の優しい色合いの看板にその店名がとても合っていて、あたしは惹かれるようにここに足を踏み入れていた。 店の周りにはささやかなガーデニング。 店全体がホッとした空気に包まれている…… ガラス張りの席から見える小さな花壇。一番隅のテーブル席があたしのお気に入りだった── 何度か通う内に店の雰囲気にも馴れて、聞こえてくるカウンター席での聞きなれた喧騒のような話し声に耳を傾ける。 いつも楽しそうなその席はあたしの寂しがりな心を充分に和ませてくれていた。 仕事が決まらない不安と失恋の痛手から中々抜け出せないあたしの表情はとても暗く── それが春姉には気になって居たらしい。
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