序章「本能寺の変」

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 ――しかし何故?  何故だみっちゃん!?  なんか儂、奴を怒らせるようなことしたか?  心当たりはといえば……やはり、普段から禿禿言っておったからか?  いやいやまさかな。  いくらなんでも、そんなことで裏切られてたまるか。  では少し前、儂が叡山、延暦寺の焼き討ちを彼奴に命令したせいか?  まあ、納得はできるな。あれは尚古趣味な男である故。実際、彼奴は最後までその実行を渋っておったようだし、あの時は、余程儂のことを恨んだであろう。  もしくは、ただ単なる私利私欲か?  なるほど確かに、今儂を討てば天下を横取りできる可能性はあるやもしれん。  考えてみればあれも一人の男だ。ならばそのような大それた野望を持っていても、別段おかしくはない。おかしくはないが……。 「ふむ……」  心当たりは、幾つもある。だが、どれも推測の域を出ない。 (駄目じゃな。分からんわ)  まあ、分からぬことを長々と考えていても仕方がない。やめだ。  今はともかく、他の家臣共と合流し、逃げ延びることが先決―― 「むッ!?」  そう思って振り返った矢先、不意に儂の耳にドタドタと慌ただしい足音が飛び込んできた。  出所は、どうやら儂の方から見て正面。下の階へ続く階段の方からだ。 (これは……?)  もしかしたら、家臣の誰かが慌てて儂の元へ向かって来ておるのやもしれん。もしくは敵か。  まあ、どちらでも構わんが。やることは変わらんし。  さて、 「おぉーーい!! 儂は! 信長はここじゃあ! ここにおるぞぉーー!!」  儂は有らん限りの大声で叫んだ。そうすることで相手が(敵でも味方でも)淀みなく、正面からこちらに向かって来てくれるだろうと考えたからだ。 「おっ、よしよし」  そんな儂の目論見はどうやらうまくいったようである。相手の足音がより一層激しくなった。速度を上げたとみえる。 「ふむ」  音から察するに、相手の距離はさほど無さそうじゃな。後四半刻も満たぬ内に鉢合わせることになる、か?  まあ、一応警戒だけはしておくとしよう。 「どれ……」  鬼が出るか蛇が出るか。そんなことを思いながら、儂は腰に提げた刀を静かに抜刀し、その場に立ち止まった。  その刹那―― 「お、お前はッ!!」  足音の主が姿を現した。
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