荊の雪路

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電車の切符を買って、 駅のホームに入ると 既に待ち構えて居た電車の車両に 陽田と二人で乗り込んだ。 「夜の戸に狼と書いて ヤドロウ、と読むんですか?」 「そっ、寄生虫みてーな名前だろ」 「いえ、外国人みたいな名前だと思いました」 夜戸狼、捜索願に書かれていた俺の名前だ。 陽田は財布とスマホ、手土産の紙袋を持っている。 「私はまともな名前の世代で助かりました」 「褒めたんじゃねぇのかよ。 あんたは雪尋だっけ?」 発進し、緩やかに揺れる電車の中に 吊革を掴む人間はいない。 陽田と俺は隣り合って 西口の窓に背を向けて座った。 「両親が『雪』の字が好きだそうで。 君はどうですか?」 「・・・『ロー』ってキャラが好きだったとか そんなんだった気がする」 俺は両腕を上げて後頭部で両手を組んだ。 名前でからかわれて両親に怒った日が 今はもう褪せて朧気な記憶になった。 「伊桐さんご夫婦には娘さんが居るんですね」 「あぁ、俺より三つ下のな。 あんた、ひょっとしてロリコン?」 「質問をしただけで心外です」 伊桐は俺を引き取ってくれた家の苗字だ。 苗字が違うのになんで? そう質問された日を思い出す。 あの息苦しい空間に俺は確実に近づいて居る。 陽田の背を追い、電車を降りた。 駅から歩いて10分。 銀に彩られた住宅街はまるで別世界の様で 歩行者用の階段を二人で慎重に上がる。 雪を被った手摺で手袋ごと凍りそうだ。 隣の車道は、四本の線状の轍があるだけで 車は一台も通っていない。 静寂に支配された雪の路で 風が強くなって、軽く吹雪いて来た。 「ここですか」 「・・・あぁ」 陽田に後押しされる様に 重い足を引きずって たどり着いた伊桐宅。 雪の下は四角いアイボリー色の壁の一軒家だ。 特に変哲はない、ややオシャレな二階建て。 それが、俺にとっては、薄氷の魔王城だ。
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