荊の雪路

3/5
9人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ
この家を目の前にして やっと身体が拒否反応を示し出した。 額から血を抜かれていく様な頭痛と悪寒、 脳裏に移るのは 俺を見て困惑する三人の男女の顔。 「俺、やっぱ行きたくない」 インターフォンに指を伸ばしていた陽田が 俺に振り向いて呆れ顔を見せた。 「ここまで来ておいて、今更ですね」 陽田に被せられたニット帽で目元を隠して 俺はくるりと家に背を向けた。 「その辺のコンビニで待ってるから」 「何の為に来たと思ってるんですか」 その俺の肩を掴む陽田の手が 地獄に引きずり込もうとする悪魔の手に見えた。 「離せっ!嫌だ!行かない!」 「急にどうしたんですか、 ここに来るまでは素直だったのに」 家に居場所がないのに、 ノコノコ帰って来たという羞恥心が溢れ出る。 俺が家出した事で 近所に悪い噂が立ったら俺の所為だ。 「いっそ死んでくれれば良かったのに」 そんな言葉を浴びせられるに違いない。 いや、口に出しては言わないかもしれない。 でも、間違いなく目でそう言ってくる。 俺の体を舐める様に乾いた冷気が渦巻く。 恐怖を自覚した途端、 俺の両肩を掴んでいた陽田が醜く歪む。 逃走を思い付いた俺を支えていた足は 重心を整えないまま宙に浮いた。 「危ないっ!」 雪のアスファルトが視界に映った瞬間、 俺の身体は男の両腕の中に収まった。 俺の耳にその男の鼓動が伝わる。 「急に走り出さないで下さい。 危うく私まで転ぶ所でした」 「な、あ、何すんだよ!」 状態を理解した俺は反射で陽田を突き飛ばす。 散々俺を苦しめていた冷気が何処かへ逃げて 炎の中に放り込まれた様に全身が急速に火照る。 気球の風船の様に体の中で心臓が肥大化して 鼓膜を震わせ、全ての血管を活発に鼓舞する。 眼球は皿の上を転がる煮卵みたいに忙しなく滑り 自分の物なのに制御が効かない。 「息が苦しいのですか?大丈夫ですか?」 「っ!近寄んな!もっと離れろ!」 陽田の声と共に肩に手が触れる。 振り払おうと両手を暴れさせたが どちらも手首を掴まれて顔を覗き込まれる。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!