陽光の檻

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すると、陽田の手が俺の肩を包んだ。 その感触が稲妻のように脳へ伝達された。 背中に陽田の体温を感じただけで 不安と恐怖で淀んでいた心が浄化されていく。 陽田の鼓動と自分の鼓動が重なり 掠れた様な生温い吐息が耳を掠め 無事な方の側頭部に陽田の手が触れる。 陽田の手の感触は ニット帽越しでは不明瞭だが 彼の体温だけは伝わった。 「ここで引き返す事は簡単です」 陽田の声で紡がれたその選択肢は 俺を堕落させようと甘い匂いを放つ。 「勇気が必要な選択を 他人が強制して良いものではないでしょう。 インターフォンを鳴らさず、 ここから去るだけの事は簡単です」 その選択肢を吐き出す陽田の表情は 淡い優しさを滲ませて僅かに苦く歪んでいた。 「その場合、 それだけ君が心に傷を負ってる物とみなして 専門家の元に連れて行きます」 「は?」 専門家、という言葉を認識した俺の脳は ようやく理解する事ができた。 ここで逃げたら、 陽田から見て、俺はただの腰抜けだ。 そう認定されてしまうという事だ。 「私はしがない看護師です。 せめて君の傷が完治するまでの間ならば ご家族の方と相談して 出来る事をして差し上げたいと思ってました。 ですが、カウンセリングが必要となると 私一人の手には余ります」 陽田が、俺を見限ろうとしてる。 陽田が、俺から離れて行こうとしてる。 そう考えた瞬間、 俺は陽田の両手を振り解いて 自分で伊桐宅のインターフォンを鳴らした。 俺の行動に陽田は目を見開いていた。 少しだけ気分が晴れた。
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