宴も闌

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 あ、また鍵開いてる……。  先日の無礼をお詫びしたく、私は再び少女の邸に来ていた。  少女は矢張り絢爛豪華な椅子に、威風堂々と座り、窓の外の蒼いモルフォチョウを目で追っていた。  気付かれてないと思いこんでしまった私はどうかしていたのだ。  その蝶を追う目が、無色で何の生気もなくて……その奥底を覗いてみたくて……私は一歩二歩と少女へと近付いていく。  ――ギィ。  床の軋みが聞こえた。  此方に話し掛けず振り返りもせず、ぼうとしている少女は噺に聴いた幼い悪戯っ子の様な愛嬌は欠片もない。  総てを捨て、有象無象が煩わしいと言わんばかりの纏う空気の色は……浅葱色。何もかもが気怠げなその少女は、声を発した。 『畏れなければ、否定しなければ、隠さなければ……、きっとアイせたのに』  と、ポツリ呟いたようで。  近づく度、少女の息を感じ、近づく度、少女の纏う空気を感じ。  ――ガタッ。  しまっ……。  私は少女に釘付けで足下を見ていなかったのだ。分厚い本に足が当たり、本が動いた先の木の小箱に当たって静かな邸に音は響かせた。 『のぅ、こそこそと何をして居るのじゃ? 先日の客人。と……もう一人誰を連れてきたのじゃ?』  外見にそぐわぬ古風な言い回し。少女は、私が視惚れて静かに近づいているのが判っていたかのようで、私に言葉を投げてきた。 吃驚した私は慌てて謝罪の意を述べ、今日何故来たのかを話した。  度々なる無礼お許しください。今日(コンニチ)挨拶を述べるのさえ忘れてしまうほど、蒼い蝶を目で追う貴女に見惚れていました。今日参った次第は、先日の無礼窮まりない言動のお詫び申し上げたく――。  言葉は軽やかな声の誰かに遮られた。人が話しているのに被せるとは……。 「やぁやぁ、勝手にお邪魔してごめんよ。やっぱ、この程度じゃ流石に驚いてはくれないかぁ。流石、万の顔保つ娘♪ そう簡単には堕ちない辺りが他の娘とは違うね。そこが、良いんだけど♪」  人の言葉を遮った、背後に居るであろう人物に声を掛ける。  あの、私が話していたのですが……。 「ぇ? あぁ、君居たのかー。もぉー言わなきゃ分かんないよー。まぁ、知ってたけどね。くすくすくす」  にこりと屈託無く笑う顔は、少女とは違う無邪気さが伺える。私は溜息を吐いた。 何故こうも、思い通りにはならないのだろうか。
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