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プロローグ
今でもあのときのことを夢に見る。たまに思い返すこともある。自分の決断が果たして正しかったのかと自問することも、一度ならずあった。でも時間は巻き戻せない。なかったことにはできない。
栄貴は大学の四回生だった。教授が優しいという噂の、比較的楽な研究室に入って半年が経っていた。
場所はカジュアルなカフェだった。二人はコーヒーを頼み、飲み終わるまでの間、栄貴が一方的に喋った。自分の性格及び、対人関係についての悩みを吐き出した。
一切口を挟まずに栄貴の話を聞いたあと、樹里はタバコを深く吸って吐き出し、吸い殻を灰皿に押しつけた。
少し呆れたような、だが、栄貴の矮小さを許容するような目をして、彼女は言った。
「本当は寂しいんでしょ? 素直になりなよ」
彼女の言う通りだった。
ずっと栄貴は見下してきた。他人に好かれたいが為に、痛々しいほど気を遣っている人間を。自分は違う。媚びなんて売りたくない。自分の意見を曲げたくない。本音しか言いたくない、と。
――でも嫌われるのはもう嫌だ。とくに、好きだと言い寄って来た相手に冷められるのは。
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