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途端、不審者の形相が今までに無い般若と化した。
「貴っ……様ぁあああっ!」
不審者が咆哮した。灯子からは後ろ姿しか見えないため、誰が灯子の楯となっているのか窺い知ることは叶わない。
もっとも、知ったところで灯子の知る人物では無いだろうが。灯子から見ても断定可能なのは、灯子を背に不審者と相対するのが不審者同様薄汚れた外套を身に付けた男、それも比較的若そうな男だと言うことだけだ。
闖入者も加え、次から次へと起こる怒濤の急展開に見守るしか無い灯子を余所に、不審者と闖入者の話は進行していた。
「お前がいると言うことは、やっぱりヤツらの仕業なんだな! 我らを捕まえ弄び、殺し、土地を奪うだけでは飽き足らず、別の世界でも“勇者様”の尊厳まで踏み躙って! どこまで汚いんだ!」
「……生憎、俺には意味がさっぱりなんだが?」
「フザケるな! 今すぐ八つ裂きに……くそっ! 血が足りない!」
始め今度は残った左手を再び横に突き出した。だけれども立ち眩みか、ふらっと体を揺らすと片手で顔を押さえる。迷いは一瞬。
「待て……!」
不審者は、身を翻した。一直線、窓へと闖入者は後を追おうとする。
だが突然闖入者が膝を突く。慌てて灯子は闖入者へ手を伸ばす。
「大丈夫ですかっ?」
俯く闖入者の肩を抱いて、覗き込んだ。やはり、闖入者は若い男で、灯子に覚えは無かった。
「どこか具合が悪いんですか?」
闖入者は眉を寄せ耐えているみたいだった。額に汗が浮かんでいる。灯子はとっさにハンドタオルを出し汗を拭う。
このとき、初めてまともに灯子と闖入者は視線が合った。
闖入者は逃亡した不審者と同じように瞠目した。
「何で……」
「?」
さっきからずっと同じ反応をされている灯子だけれど、あの不審者にもこの闖入者にも灯子自体に記憶が無いためいったい何を驚かれているのか、わからなかった。
「何で、って、」
私の科白だ、と灯子は考えるより先に口走っていた。怪我を負っているだろう捕らえられていた生徒たちと倒れている新井が気懸かりだけれど、明らかに具合の悪そうな闖入者も放置出来ない。心成しか、闖入者の顔色が悪くなった気がする。肩を抱き座らせ寄り掛からせる。
救援を呼ぼうにも携帯端末は運悪く職員室だ。だけどこれだけ大騒ぎだったのだから、職員室が一階でここが四階であろうと、職員で一人くらい異変に感付いても良いころだ。
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