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部屋は3階にある。両隣の住人とは、こうしてよく食事を共にする。今日も共に食事をするために、出かけたわけだが。
「おや、おはよう。またみんなでご飯かい?」
下へ降りてマンションから出ようとすると、マンションの入り口に見知った人物がいて、こちらに気づくとそう声をかけてきた。
背は伊佐緒よりも低い、やけに年寄り染みた話し方をする女性だ。年は俺よりも少し上くらいだったか。よく通る声の、美人とはこういう人のことを言うのかというほどの、綺麗な顔をした、このマンションの管理人。
「おはようございます。これから買い出しですよ。冷蔵庫に何もなかったもんで」
「ほう。いいなあ。わしも入れてくれんかのお」
足音も立てずに、すっと近づいてきて、さらには上目遣いときた。
この人のお願いを断れる奴なんているのだろうかと思うくらい、くそ、可愛い。
「どうぞどうぞ。いつものスーパーですけど、買い出しには来ますか?」
「うん。すまんなあ。さ、行こう行こう」
玄関の掃き掃除をしていたのだろう、持っていた箒を近くの壁に立てかけて、ぎゅっと左腕に抱き着いてくる。
年上のはずなのに、小さいせいか、仕草が幼いせいか、可愛くて仕方ない。構ってくれとでも言うような目にも、いつも負けてしまうのは仕方ないと思う。
「今日はハンバーグがいい!」
右腕には、伊佐緒が負けじと抱き着いてくるものだから、リュックで良かったと思った。こっちにも、可愛い弟みたいなのがいたな。
「野菜はトマトが欲しいです」
後ろには、穏やかに微笑んでいるイケメンがいる。
このマンション、というか、俺の周りにはどうしてこう、注目されるような奴ばかり集まるんだとふと思った。
このマンションに来るまでは、友達と呼べるような、信用できる奴はそうそういなかった。そもそも、浅く、狭くという付き合い方が俺のモットーでもある。
そんな俺に、このマンションの奴らはいつからか、懐くようになって。たまたま隣の部屋だったから、とか、そういうのもあったんだろうか。いやでも、懐きすぎだろとたまに思う。
俺は、こんな奴なのに。
俺に近づいてくるたびに、怖くなる。
俺のことを知りたいと言われたらどうしよう。俺は、俺のことを話せない。誰にも。
だから、頼むから、こんな幸せを簡単に俺なんかに与えないでくれ。
愛してるよ、なんて笑ったあの顔を、思い出してしまうから。
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