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その男と出会ったのは、ビルの屋上だった。
どんよりと曇った冬の朝、都内では4年ぶりの大雪になるのではないかと騒がれていた。そんなことでもなければ、僕は月曜日の朝から14階建てのビルの屋上に上ることもなく、当然にその男と出会うはずもなかった。
「おかしいな。鍵が開いている」
だからと言って別に嫌な予感はしなかった。
誰かが閉め忘れたのか、或いはすでに何かの用事ですでにここへきているのか。その程度にしか考えなかった。
その意味では、その男と出会うのは"僕でなくても"よかったはずである。
いや、それでもやはり、僕でなければならなかったのか。
僕は鍵のかかっていない扉を、音を立てないようにそっと開けた。もし普通に開けていたら、その男は僕の気配に気づいて身を隠したのかもしれない。
黒のトレンチコート
背の高い
やせ形の男
いや、実際に痩せているかどうかまでは判らないがそう印象づけるのは、肩幅に対して、首が細く、そして長い、頭部のシルエットは丸みがまるでない。
黒々とした髪はやや長めだが風になびくことなく、固着している。その男を描写するのであればすべて直線で描くことができるのではないかと思うくらいに
まっすぐで
硬質で
黒い
だから僕は――だから僕は扉を閉めるのも音を立てなかったし、だからと言って気まずくなって、引き返そうともしなかった。
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