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「マイ」  佑樹が私の名前を呼ぶ。 「なに?」  私は隣に座っている佑樹の顔を、わざとらしく覗き込む。 「いや、やっぱり、なんでもない」  佑樹が手に持っていたココアの缶を、ゴミ箱に向けて投げた。缶が弧を描いてとんでいく。  一瞬ゆっくり見えたその軌跡は、さも当然といったようにゴミ箱へゴールし、軽快な音を寒空に響かせた。 「なにきいてるの」  佑樹の学ランのポケットの中から伸びるイヤホンのコード。私は手を伸ばして、佑樹の右耳からイヤホンを奪う。私はそのイヤホンを自分の右耳に着ける。どこかできいたことがある音楽が流れている。佑樹の好きな音楽。私はその波に身を委ね、佑樹の肩に寄りかかる。  佑樹と初めて会ったのは、小学校五年生のとき、彼が転校してきた日だった。  私の隣の席に座った彼は、すぐにクラスの人気者になった。帰国子女だというのに、すぐに海外の話をきかれなくなったのは、彼がほんとうにクラスに馴染んだ証拠だった。 「教科書、みせて」  佑樹が私に話しかけたのはこれが最初。転校してきた日の国語の授業だった。 「ありがとう」  佑樹が私の顔を見て言った。私は何故かひどく照れたのを覚えている。     
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