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雪花好日
「あら、あら」
「あれえ」
征子≪まさこ≫さんと私は、同時に空へ掌を差し出した。予報より早く、雪になってしまったようだ。
「大丈夫かしら」
「大丈夫、大丈夫。行きましょう」
二人でウォーキングをする習慣は、もう半年続いている。先月は、私の不整脈で少しお休みしたけれど、それ以外は毎晩七時半に近くの公園で待ち合わせて歩き始める。
征子さんは七十一歳、私は二つ下。
水のボトルを持ち、タオルを首に巻いて、長いときは5キロくらい歩く。今くらい寒くなると、しっかり着こんで私は腹巻きまでして出発する。
街灯に照らされて、それとわかる雪片は、まだ針先ほどの大きさだ。ナイロンのジャンパーに触れただけで溶ける。
「今年は寒いわ」
「あのね、娘がこれ、送ってくれたの。イタリアの新婚旅行で、ミラノの割と有名なところらしいのよ。でも派手よね」
征子さんの手袋は、細かな網目のオレンジ色だ。くすんだベージュばかり着ている彼女の服の中で、ひときわ明るい。
「いいじゃない。暖かそう」
「そおお? でも私ね、自分でも作るから、たくさんあってもね……」
「そういえば、うちにもイタリア製のセーターがあった。確かに派手なのよ、横縞でね。着慣れないから、困ってるの」
「そうそう、服って貯まるのよ。買ってないけど、増えるのよ」
足と口が連動してるみたいだ、とは、姪の言葉だ。
『だって、家では1日、黙っているんだもの』
そう反論すると、友達と出掛ければ、と返された。
出掛ける? いったいどこに?
老人クラブみたいなのは嫌だし、お金がかかる場所にもいけない。
そもそも、友達があまり居なかった。
そんな話を、町内の防災訓練で会った征子さんにこぼしたのをきっかけに、
「あなた、それはいけないわ」
と歩く約束をすることになったのだ。
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