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謎は謎でいい。
冬枯れの枝に蒼い芽が、人目を忍んで産声を上げる。それが膨らめば、春だと人は言う。でもいつからが、本当に春なのか。カレンダーは三月から春だと言っている。でも二月の終わりには、梅の花が咲く。
いつからが本当に春なのか。境目を知ることは出来るのか、と僕は考える。
「なーに、難しい顔してんのさ」
教室のあらぬ方向、黒板を照らす夕日の光を見つめていた視界。黒く長い、たおやかな髪が幕を下ろす。シャンプーの甘い香りがした。
「き、霧島さん」
「そーらーた、なーに考えてんの?」
霧島さんは不思議な人だ。いつも歌うように話しかけて来て、歌うように話をする。不規則な旋律に合わせて髪が揺れる。きっとその歌は明るい歌だ。彼女がいると、顔が緩む。
「いや、べ、別に大したことじゃ……」
“春はいつから来ると思う?”
そんな質問は、文学少女という形容が似合う彼女に似合うかもしれない。でもきっと笑われる。誰にでも答えがあって、それがひとつじゃなくて。そんなこと最初からわかりきっているから。だから、適当に濁す。
するとこうだ。
「じゃあ、女の子に言えないこと考えてたんだ」
彼女は白くて細い指を、僕の額に当てて軽く押した。
「違うっ」
そう反論して椅子から立ち上がると、くっつきそうになるくらいに顔と顔が近づいた。やがて、彼女は腹を抱えて笑った。まるで図星みたいだ、と。
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