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夜が明けた。眠い目をこすりながら、学校に向かう。
眠れなかったせいかスマートフォンのアラームを何回か不可抗力で見送ってしまった。
朝食を食べている暇もなく、今も小走りだ。そして、昨日別れたあの横断歩道に差し掛かる。彼女の姿が見えた。
何故だか違和感があった。――手だ。手に何枚か絆創膏が貼ってあったのが、近づいていくと分かった
「お、おはよう」
「あ……、お、おはよう」
声が少し震えていた。
「どうしたの? その傷……?」
長い袖は腕の皮膚を隠しているが、袖口からは、赤くただれたような跡が見えていた。
「ああ、お、お風呂でころんじゃって」
「そっか」
なにか引っかかった。転んだにしては、少し傷のつき方がおかしく感じた。手を撫でるように満遍なく広がった赤い斑点。ところどころ皮膚が裂けて、そこに絆創膏が当てられている。傷は浅い。
「そ、そんなにじろじろ見ないで」
彼女は恥ずかしそうに言った。
何かに似ている。そう感じた。ふと自分の顎を撫でたとき、今朝剃れなかった、うっすらと生えた髭が指にあたった。そのとき思い当たるものがあった。
カミソリ負けだった。
そう気づいたとき頭の中で、自分の部屋の時計が割れたときの音が反響した。そして、彼女の右手首のブレスレットに埋め込まれた琥珀が、輝いて見えた。
でも彼女が、美しく死にながら生きていると謳った、虫が入った琥珀の美しさは、僕にはまだ分からなかった。
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