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「ふぁ~あ」
紺のセーターに西日が与えた熱に包まれて、彼女はまどろむ。大きなあくびをして、長い手足を伸ばした。まだ僕は彼女の背丈に追いついていない。あまり考えたくないことだ。きっとそのうち追いつくだろうし。
「ねぇ、そーらーたっ。一緒に帰ろっかー」
彼女の口がそう歌ったとき、少しだけ春の匂いがした。ああ、春だ。
駄菓子屋でゼリーチューブを買った。人工的な果実の味がした。美味しいとは言えないけれど、上手く吸えなくてむせた彼女が、笑顔の種になった。
見上げた空、赤が強く強くなって、その補色の青色に負けて夜がやって来る。
「いっつも思うんだ、夕焼けはどうしてあんなに赤いのに、夜空の青色に負けるんだろうって……」
また彼女がよく分からないことを言った。でもよくよく考えると、その疑問は僕がさっきまで抱いていた疑問に似ている気がする。
春はいつから来るのか。
だから、少しだけ背伸びをしてみた。
「そうだね」
「あれ? 今度は賛同してくれた」
「悪いかよ」
「うーうん、むしろ嬉しい」
アスファルトを踏みしめる革靴の足音が響く。彼女が笑うと僕も笑う。
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