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僕が感じた春の訪れを彼女が感じるころ。彼女の靴や服に桜の雪が降るころ。汗ばんで、雨が多くなって、制服の袖やスカートの丈が短くなるころ。青々とした木々がやがて色づいて燃え盛るころ。そしてまた枯れて、白い霜が降りるころ。僕らは同じ家路を同じ靴音で歩いている。いつか、僕の背丈が彼女を追い越すときも。
僕らは、同じことを繰り返す。
そんなことを思い描く僕の視界の中、彼女の右手に光を失った琥珀が見える。鈍い反射じゃ、夜の中では光れない。死にながら生きている琥珀の輝きは、僕にはやっぱり分からなかった。
僕は彼女にはなれない。彼女は能動的で、僕は受動的。彼女は文学的で、僕は屁理屈を言う。彼女が美しいと謳う琥珀が、僕には濁って見える。僕には、それが彼女という存在に思えた。
近くて遠いから。会話をしたり、触れ合いたいと思える存在。
「そーらーた。置いてくよ」
ぼうっと考え事をしていたら、彼女との距離が離れていた。
十歩ほど離れてしまった間を小走りで埋め直す。やがて、永遠に続けばいいと思っていた帰り道が終わってしまうことを悟る。僕は数えてみた。あと何歩で、僕は彼女と別れるのか。
一歩。
二歩。
三歩。
……二十七歩。交差点の信号だ。赤信号。青信号になって横断歩道を渡れるようになったらお別れ。二十七歩と十数秒。別れは訪れた。さようなら、また明日。横断歩道を渡る。少しだけ空しくなった。二十七歩と十数秒。僕はそんな数字を知りたかったのだろうか。
永遠などどこにもなくて、すべてに終わりがあるということを当たり前のように知りながら、どうして僕は数えてしまったんだろう。
謎は謎でいいの、と彼女の声が、頭の中で響いた。
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