異変

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 病状は、被害妄想が激しくなり、他者を敵視する。他者の干渉を拒否する。やがて、呼吸、食事、飲水、排せつ。外界とすら干渉するあらゆることを拒否し、自殺あるいは餓死、脱水症状、窒息などで死に至るという恐ろしいもの。  治療中の患者の様子がテレビに映される。透明なカーテンが垂れ下がっていた。無菌室の中で、モザイクの顔面の患者が唸っていた、泣いていた、叫んでいた。自分と関係性の乏しいものから、疑いの念を抱きはじめ、被害妄想の対象とし始める。病気になるまで見知りもしない医者は最初の標的として相応しい。治療法の開発が乏しく、感染経路さえ不確定なのは、医師のありとあらゆる干渉を患者自身が拒絶するからだ。  何とも不安になるニュースだった。コメンテーターの精神科医は苦い顔で、当たり障りのないコメントを言った。責任を持てるような発言をする根拠がないのだろう。  重たい空気で箸が止まった。  父が空気を読んでチャンネルを回した。バラエティ番組でお笑い芸人が落とし穴に嵌っていた。母が笑った。僕は、笑わなかった。  あの帰り道で風船のように軽く弾んだ心は、鉛球になって地面に鈍い音を立てて落ちた。世界が滅亡するマヤ暦の予言を鼻で笑っておきながら、僕はそのニュースを笑えなかった。  重たい足取りで学生鞄を持って階段を登る。  二階の自室に入り、気を紛らわすためにポータブルゲーム機を開いた。いつも負けないはずのオンライン対戦で、僕の操作したキャラはあっけなく吹っ飛ばされた。布団の上にゲーム機を投げた。鈍くバウンドしてこつんと壁にあたった。
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