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「どうぞ」
イベント用のパーカーを着たスタッフから、マイクを手渡される。
「では、質問をどうぞ」
司会の女に言われ、キモタクはあらためてステージに立つ桃ノ木イチゴを――『イチゴたそ』を見つめる。
小さな顔に、すらっと通った鼻筋、ぱっちりとした大きな目。
――違う。
どこまで行っても違う。
イチゴたそは、そこらの有象無象の女どもとは違う。
可愛すぎる。
眩しすぎる。
この可愛さを知ってしまったら……この眩しさを知ってしまったら……もう、ほかの女は愛せない。
そこらの街を歩いている女どもがろくに清掃されていないションベンと糞のこびりついた公衆便器に思えてしまう。
キモタクは――イチゴたそこと桃ノ木イチゴを心の底から愛していた――
つい、数日前までは。
今、桃ノ木イチゴを見つめるキモタクの目は、かつてのそれとは異なっていた。
酷く淀んだ瞳で、ステージ上のイチゴを見つめている。
「イチゴさんには……恋人はいないんですか?」
キモタクは聞いた。
場がざわめく。
これまでの質問は「好きな食べ物は」とか「飼ったことのあるペットは」とか、無難かつぬるい質問だった。
強制されたわけでなかったが、突っ込んだ質問をしてはいけないというような、暗黙の了解が、どこか漂っていた。
それを、キモタクは、いともたやすくえげつなく、ぶっちぎった。
ふだんの彼ならそんなことはしない。
外見こそアレだが、空気の読める、極めて常識的な男だった。
だから彼がこんな突っ込んだ質問をしたのには、当然、わけがある。
キモタクの目は、そのわけにより、いつも以上に、暗く、濁っていた。
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