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「懐かしいわねえ。ここ、ヒサオさんと初めてデートした場所なのよ」
「いや、先週もそれ言ってたじゃん。お母さんとうとうボ」
「大丈夫よ、ボケてはいないわ」
キョウコが不思議そうな顔をする。わたしはその顔に笑みを返したが、キョウコの表情には少しずつ不安の色が滲み始めていた。
わたしは立ち上がり、公園の一角でスキップした。
老いた膝はすぐに痛みを主張してくるが、盛り上がったテンションがそれを阻止してくれた。
出会った当時から薄毛だったヒサオさんの、命とも言える帽子を奪って走ったことを思い出す。もう何十年前だろうか。ヒサオさんは全速力で追いかけてきて、わたしも全速力で逃げた。ちょうどこの広場の辺りだ。今では思い切り走ることは叶わないが、こうしてこの地でスキップをしていると青春時代に戻ったような気がした。
るんるんと駆けるわたしを見ながら、キョウコがふと呟く。
「……そうだ。お母さん、写真撮ろうよ。先週撮った写真、全部目を瞑ってたじゃない。リベンジしよう」
キョウコがすまーとふぉんを取り出し、わたしの方に裏面を向けた。そこにかめらが搭載されているのだという。最近の電話機はすごいものだ。
わたしは足を止め、しばし考えるとその提案を断った。
「……大丈夫よ。ここは海からの風が強いもの。どうせまた目を瞑ってしまうわ。お婆ちゃんになるとね、目がどんどん乾いてくるのよ。そんなことに時間を使ってる暇はないわ。今日は特別なんだもの」
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