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キョウコは先程見せた、不安そうな表情をさらに曇らせる。
「……特別、特別って……お母さん、どうしたの? 今日変だわ。何かあったの?」
そう、真剣に聞かれた。
……そうよ。もう夕方だわ。
本題に入らなくちゃ。
わたしは真剣な表情をし、近くにあったベンチに座った。キョウコもわたしの様子を伺いながら、横に座る。
一瞬だけ、どこからかやって来た暖かな風が頬に触れた。
「今日だけは、あなたとゆっくり喋りたかったの」
そう言って、キョウコの方を振り向いた。キョウコはじっとわたしの顔を見つめている。
わたしは続けた。
「あなたがこの一ヶ月、一人で悩んでいるのを知っていたわ。でも何も話してこなかったから、わたしもそっとしておいた。でも、先週ここでいろいろ話してくれたでしょう。うれしかったわ。だから……またわたしが横浜に行くと言えば、あなたもまた話してくれるだろうと思って」
キョウコは黙り続けていた。
「今日は特別な日だから……どうしても、キョウコの話を聞きたかったの。先週の話の続きを。ハヤトさんと今後どうしようと思ってるのか、聞いておきたかったのよ」
ハヤトさんは、キョウコの夫だった。
キョウコは結婚してから、ずっとハヤトさんと都内のマンションで暮らしていた。たまにこっちに顔を出しては、年甲斐もなくハヤトさんのことを惚気るものだから二人は順調なのだと思っていた。
しかし一ヶ月前、キョウコは荷物をまとめて家に戻ってきた。
ハヤトさんと大喧嘩をしたそうだ。結婚してから長年、喧嘩という喧嘩をしたことがなかった二人は喧嘩慣れをしていなかった。はじまりは『目玉焼きにかけるのは醤油かソースか』という些細な価値観の違いだったらしい。だがその後、キョウコとハヤトさんは徐々に喧嘩が増えていった。お互いの様々な相違が目につき、売り言葉に買い言葉の日々が続く。キョウコはとうとう鞄ひとつを持ってマンションを飛び出した。
一週間前、横浜から帰る電車内でハヤトさんから電話があった。車内だったためそれを見送ったものの、キョウコは下車後も電話を折り返す素振りがなかった。
……わたしが死ぬにあたって一番気になること。
それは、残されるキョウコの行く末。
それだけだった。
自分の希望など、二の次だった。
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