18人が本棚に入れています
本棚に追加
*
わたしたちは帰路についた。
電車の中で、キョウコはわたしの肩に寄りかかり眠っていた。
わたしは毎朝自然と早く目が覚めてしまうけれど、キョウコはもっと眠っていたかったのだろう。無理をさせてしまい申し訳ない気持ちになった。
電車の窓からは、建物の向こうに沈もうとしている夕日が見える。
わたしは鞄の中からエンディングノートを出し、膝の上に開いた。
そしてペンを握る。
さて。何を書こうかしら……。
二時間をかけ、わたしたちは我が家のある最寄駅へと戻ってきた。
日はすっかり暮れ、街灯の明かりが家をぼんやりと照らしていた。しかし家の戸を開けようとして、あることを思い出す。
「……あ、忘れてたわ! 豆乳を買ってこなきゃ」
「え、今からスーパーに戻るの? なんで豆乳?」
「今夜は白菜と豆乳のスープを作りたいから」
そう言って来た道を引き返そうとした。しかしキョウコに引き止められる。
「明日にすればいいじゃん。こんな時間からそんな凝ったもの作らなくても……」
「今日は特別なのよ」
そう言った瞬間。
お隣の竹田さんの家のドアが開き、何かが体にぶつかった。
衝撃で、体勢が崩れる。
「……お母さん!」
キョウコが叫ぶ。しかし、その姿が不意に見えなくなる。
視界には、茶色い何かが覆いかぶさっていた。
……竹田さんの家で飼っているポチだ。
あら……どうしたのかしら。いつもは大人しいのに。
そう言えば、今朝も遠吠えをしていたわ。いつもはそんなに吠えたりしないのに。なんだか悲しそうな顔をして、どうしたのかしら。
一体、どうしたのかしら……。
最初のコメントを投稿しよう!