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笑顔
「明日返すから。ごめん。本当に」
矢島さんを映画に誘ったくせに、今朝慌てて家を出てきたために、財布を忘れていた僕は謝った。
「いいよ。気にしないで」
矢島さんがチーズバーガーを頬張りながら人懐こい笑みを浮かべた。
「良かったね『明日への旅』。フランス映画って、何か、こう独特の雰囲気があるね」
知ったかぶりした僕が言う。
「ハリウッド作品もいいけど、ヨーロッパとかアジアとかの映画も面白いよ」
「いや、しかし、情けない。晩飯くらい、僕がおごらなきゃいけないのに」
「だから、いいって。このマックは私の おごりにするから、映画代、秋村君明日返してくれればいいよ」
矢島さんの笑顔を見ている内に昨夜の怒りが薄れていった。
山岡先生とも原節子とも程遠いルックスの矢島さん。だけど不思議と僕をホッとさせてくれる。
「矢島さん、いつか言ってたよね。『嫌な事があっても、いい映画を観ると忘れちゃう』って。本当にそうだね」
「秋村君……。何か嫌な事でもあったの?」
「まあね。もう、いいんだ」
コーラのストローを弄りながら僕はうつむく。
「そういえばさ、卒業式の次の日に、「映画研究会」でお別れ会するらしいよ。詳しい事はメールかラインで連絡が来ると思うよ」
矢島さんが弾んだ声で言ってきた。
「そうか……。もう、「映画研究会」ともお別れだね。大学に行っても、たまにこうやって映画観に来ようよ」
僕はさりげなく彼女に言った。
「うん。そうだね。そうしよう」
彼女が満面の笑みを浮かべる。よほど映画が好きなんだな、この人は……と感じる。
「もう財布忘れるヘマはやらないからさ」
二人で声を出さずに笑い合った。
山岡先生とは、この先どうなるのか?
お別れ会の時には、笑顔で会おうと思った。何事もなかったかのように。
~完~
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