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僕が入学した高校は、都内有数の私立の進学校だった。僕としては祖父に余計な経済的負担をかけたくなかったから、都立進学を希望していたのだが、僕の教育に必要な金くらい とうの昔にたんまり用意してあると祖父に叱責され、期待を裏切ってもいけないと考えて進路変更した。
話を恋の方に戻そう。
山岡先生は、都内の私立大学の教育学部を出て、この高校の社会科教員になったと、自己紹介で言っていた。
先生が自己紹介している間にも、僕の頭の中では妄想が膨らんだ。
先生の赤い唇に触れ、華奢で折れそうな背中に腕を回す。そんな妄想が膨らんだ。
「では、皆さんも、順々に簡単な自己紹介をしてくれるかしら?」
見た目とは少しイメージが ずれた先生のハスキーボイスが教室に響いた。
僕は緊張した。
名簿順だから、僕が一番なのだ。
「えー。出席簿順にいくわね。先ずは、秋村直哉君からお願いします」
心臓が口から飛び出るかと思った。
「え……。えーと……。えーと……。あ、秋村直哉です。えーと、えーっと……」
言葉が出て来ない。
「あ、秋村君、みんなにも顔がよく見えるように、立ってね。まだ入学したてで、みんな顔も覚えてないでしょうからね」
先生が僕に向かって微笑んだ。
ああ、駄目だ。
それだけで僕はノックアウト。
慌てて立ち上がったら、弾みで椅子を倒してしまった。
「秋村君、緊張してるのかな?まあ、気楽にして」
顔が赤くなって来るのが自分でも分かる。
「あ!すみません!あ、秋村直哉です……。以上です」
それだけ言うのが精一杯だった。ガックリと腰を下ろした。
クラス中の笑い者だ。
「いきなりびっくりさせちゃって悪かったわね。出席簿で一番て緊張するわよね。私は出席簿で最後の方だったから、やっぱり緊張したものよ。ごめんなさい。じゃあ、次は、石川綾乃さん」
他の生徒は、僕みたいにしどろもどろにもならず、自己紹介は順調に進んでいった。
ああ、何てザマだ。
これが僕の恋の始まりだった。
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